日本代表選手にとって合宿とは? (競泳日本代表公開練習特別リポート)
本條強/広報委員会
プールにはポピュラー音楽が流れていた。東京都北区にあるHPS屋内トレーニングセンターイースト。鈴木大地会長が日本代表選手時代は無音のプールだった。選手がかく水の音、叩く水しぶきの音、喘ぐ息遣いだけが屋内プールに響いたものだった。それから35年近い歳月が流れている。
軽快なメロディは選手をリラックスさせる効果があるだろう。力み返っては速く泳ぐことはできない。いかに力まずに自然体で泳ぐか。とはいえ、日本代表の辣腕選手が揃っている合宿では簡単なことではない。新しい代表選手は尚さらである、両脇のコースに自分よりも速い選手がいれば固くなるのも自然の理だろう。
今回、日本代表に選ばれた選手は34人。3月の日本選手権で好成績を挙げた実力者揃い。二次合宿では海外にいる主将の池江璃花子以外は揃っており、初代表が7人とフレッシュな選手が張り切って活気に溢れている。
ベテラン組で泳ぎが目立ったのは34歳になる鈴木聡美。自分の泳ぎをしっかりと見つめて、男子を追い越すほどの力強い泳ぎ。「この代表合宿はいつもとは環境もコーチも練習方法も違う。勉強の期間。練習は質量ともに高いので、スピード強化に励みたい」と言う。日本代表のエース、パリ五輪400m個人メドレーで銀メダルを獲得した、副将を務める松下知之は「自分が引っ張ってチームを勢いづかせたい。世界選手権でベストを更新し、ロサンゼルス五輪では金メダルを獲得したい」と目前の目標と先の目標をしっかりと決めて合宿に臨んでいた。
若い選手の中でどんどんとタイムを縮めているのは成田実生。18歳と若いだけに「メダルを狙える選手たちとの練習に刺激を受けて、世界選手権ではメダルを獲りたい」と意気込む。同じく18歳の西川我咲はメダリストの松下を目の前に見て、「松下選手のパリの記録を抜いて、五輪では金メダルを獲りたい」とまで言う。若い選手は強い選手から大いに刺激を受けて自らを厳しく鍛えているようだ。
こうした選手たちの発言はこの日本代表合宿を率いる倉澤利彰委員長代行(当時)の戦略が当たっているように感じる。
「合宿のテーマは『チームで戦う』『チームで強化する』。その意味では順調に来ていると思います。主将の池江さんはズームでミーティングに参加してくれていますし、彼女のメッセージは選手たちをとても鼓舞してくれる。副将の松下くんはいつも笑顔。練習中も声をよく出して苦しい練習も明るいムードにしてくれる。本当に笑顔の絶えない明るいチームで雰囲気がとても良いです」と倉澤委員長代行。
筆者は個人スポーツも団体スポーツと同じようにチームワークが重要だと考えている。特に世界選手権や五輪など重圧がかかる大会ではチームの団結力が大きな力を個人に与える。ひとりでは成しえない勝利をもたらすと信じている。倉澤委員長代行は2グループに分けた理由も述べる。
「男女の別だけでなく、年齢や実績や経験、体力や筋力など、選手は一人ひとりかなり違います。そうした中で、大学生以下の若い選手たちや中長距離の選手たちのグループと、経験豊富な社会人選手やスプリンターとグループ分けをして強化することにしました。そのほうが効率が良いからです。若い選手の方は虎の穴というか、平井伯昌コーチの道場といってもいい。ガツガツと泳ぎ込ませてスピード強化。さらに高地トレーニングも積ませて、メダル争いをさせたい。経験豊富なグループはある意味プロ集団。自分を見つめて自身でも強化もできる人材です。この2つのグループに対抗意識を持たせて、互いに刺激し合って欲しいと思っています」
プロ集団にいる鈴木聡美が「楽に速く泳ぐという、普段の逆のことが求められている」と言っていた。池江が病気の寛解を受けて「泳げるようになった幸せと泳げるようになったからこそ感じる苦しさがある」と語っていた。精神的な苦境を乗り越えてきた選手たちの言葉はとても意味が深い。池江は「逃げる選択肢はない。挑戦するだけ。闘うだけです」と。日本代表選手たちにとっては大いに勉強となり、励まされることだろう。
倉澤委員長代行が言う。
「2つのグループがバラバラになってはいけない。自分はそれに一番気を遣っています。コミュケーションを大事にしたい。そのために練習休みの日に全員でレクリエーションを行いました。パラスポーツのボッチャです。このスポーツなら、誰もが未経験で同等にプレーできる。男女や年齢、競泳の実績や経験などまったく関係ない。だから笑い合ってやれる。チームが1つになります」
最後に、こう付け加えた。
「言葉なんか要らないチームが強いんです」