パンパシフィック水泳選手権 競泳国際審判報告
執筆者:国際委員 市川 伊興
4年に一度開催されるパンパシフィック水泳選手権が、アメリカ・カリフォルニア州アーバインで開催された。まだ記憶に新しい方も多いと思うが、前回大会は2018年に日本で開催された。2022年大会は新型コロナウイルスの影響により中止となったため、今回は実に8年ぶりの開催となった。大会前半にはLong Beachでオープンウォータースイミングの男女10kmが行われ、後半にはアーバインのWoollett Aquatics Centerを舞台に競泳競技が行われた。競泳競技は4日間の日程で行われ、予選は10時、決勝は19時から、すべて屋外プールで実施された。
この会場では、7月初旬から全米選手権や全米ジュニア選手権などが開催され、約3週間にわたって毎週末のように大きな競技会が行われていた。それに合わせ、競技役員も全米各地から選ばれた精鋭が集まっていた。
会場に入って、まず目を奪われたのがその会場の雰囲気だった。既存の観客席にはLED看板や屋根が取り付けられ、ターンサイド側には巨大なLEDスクリーンと十数台の大型スピーカーが設置されていた。その光景は、水泳競技会というより、まるでコンサート会場に来たかのようだった。 大型スクリーンの下にも観客席が設けられ、スタートサイド側の2階にはVIP席。プールは360度、観客、選手、チーム関係者に囲まれており、その大歓声の中で選手たちが泳ぐ。当然、選手たちのテンションが上がらないわけがない。
夕方になると、沈みゆく夕日の色とスタート台周辺のLEDのオレンジ色が水面に映り込み、非常に幻想的な光景となった。ただ、競技役員のジャッジという視点から見ると、少々見づらい場面もあった。 会場の盛り上がりについては、ライブ中継やインターネット配信をご覧になった方ならお分かりいただけると思うが、まさに最高潮だった。さすが「エンターテインメントの国、アメリカ」と感じさせる演出で、観客が自然と声を出し、手を叩き、会場全体で競技を楽しみたくなる雰囲気が作り上げられていた。そこに世界新記録、日本新記録、全米新記録などが加われば、プール会場はたちまち興奮のるつぼとなった。
競技運営の視点から、今回特に注目したのが「水中ビデオジャッジシステム」だった。
五輪や世界水泳選手権など、World Aquatics主催の主要国際大会では必須となっているシステムだが、アメリカ国内でも全米選手権や代表選考会など、限られた大会でしか導入されないそうだ。今回は、そのシステムを間近で見る貴重な機会となった。
水中には16台のカメラ、15m地点には計4台、さらにスタート台上部には4台のカメラが設置され、合計39台のカメラによって、水中からスタート付近まで、プールの隅々を鮮明な映像で確認することができた。今回は室内での撮影が禁止されていたため写真はないが、基本的に8人体制で映像の確認・検証を行っていた。2人がシステムを担当する外部の技術スタッフ、4人の競技役員がそれぞれ2レーンずつを監視し、さらに1人が15m地点のカメラを監視。そして、その部署全体を統括する、いわば「影の審判長」が常に全体を見守っていた。通常プールデッキの審判長は日ごとに交代していたが、この水中ビデオジャッジを統括する審判長については、大会を通して判定基準に差が生じないよう、全日程で同じ人物が固定配置されていた。
競技が始まると、陸上の競技役員と水中ビデオジャッジの競技役員が、それぞれの視点から泳ぎを観察する。ここで、2018年に東京で開催されたパンパシフィック水泳選手権との大きな違いを感じた。2018年大会では、まず陸上の競技役員から違反報告が上がり、それを水中映像で検証するという流れだった。つまり、水中ビデオジャッジは、報告された違反について映像を確認し、「違反であるか、違反ではないか」を判断する役割が中心だった。
一方、今回は水中ビデオジャッジ側からも違反を発見し、違反報告を上げることができる運用となっていた。このシステムについて、USA Swimmingの競技委員長であるマーティン氏が全体ミーティングで話していた言葉が非常に印象に残った。水中カメラは、「より多くの違反を見つけるための道具」ではないという。
人間の目だけでは確認できない部分を、映像を使ってより細かく分析する。その目的は違反者を増やすことではなく、むしろ「選手を救うため」にあるという考え方だった。それを裏付けるように、今回の大会では1日平均4件ほどの違反報告が上がっていたが、そのうち約3件は水中ビデオジャッジによる映像確認の結果、判定が覆されていた。
マーティン委員長は、もう一つ大切なことを話していた。我々競技役員は、「自分が見たもの」に対してしか判断することはできない。陸上から見る泳ぎと、水中カメラから見る泳ぎでは、当然ながら見え方が異なる。したがって、水中映像によって判定が覆されたとしても、それは陸上の競技役員が「間違った判断をした」ということではない。それぞれが自分の位置から責任を持って判断し、その判断を別の角度から映像で確認する。
今回、このシステムを間近で見ることができ、水中ビデオジャッジは単に判定の精度を高めるための技術ではなく、競技役員の判断を補完し、何より選手にとってより公平な競技環境を作るための仕組みなのだと改めて感じた。
今回のパンパシフィック水泳選手権では、競技役員として参加する中で、競技運営や審判技術だけでなく、会場演出、観客との一体感、そして最新技術を活用したより公平な判定のあり方など、多くのことを学べた。
国や大会によって運営方法や考え方に違いはあるものの、「選手が最高のパフォーマンスを発揮できる環境をつくる」という目的は世界共通である。今回、アメリカの競技役員と一緒にプールサイドに立ち、同じ競技を運営できたことは、私自身にとって非常に貴重な経験となった。 今回得た多くの学びを、今後の日本での競技会運営や競技役員としての活動にも生かしていきたい。
最後に、今回このパンパシフィック水泳選手権という貴重な国際舞台に派遣してくださった日本水泳連盟の関係者の皆様、そして現地で私たちを温かく迎え入れ、ともに大会を運営してくださったアメリカ水泳連盟ならびに競技役員の皆様に、心より感謝申し上げたい。
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